YouTubeなんてふざけた動画が集まってるとこでしょ?と思っている大人たちへ。


YouTube革命 メディアを変える挑戦者たち」を読んで



去年の夏、某人気ユーチューバーと会う機会があった。そのことを家族に話した時の反応は、誰それ?同じことを大学生に話したときのキラキラした反応との落差の大きさにびっくりした。


最近では、小学生の友達になりたい有名人ランキングにヒカキンがぶっちぎりの1位になったり、中学生のなりたい職業でユーチューバーがトップにランクインしていたりする。

他方で、アメリカの有名ユーチューバーが、富士の樹海で自殺死体を冒涜したと話題になったり、倫理的に問題のあるふざけた画像が拡散されるなど、マイナスのイメージが強い大人も多いのではないだろうか。


そんな、YouTubeの何が人気のかわからない!!という大人の皆さんにおすすめなのがこの本だ。


作者はYouTubeの副社長。ソ連時代のチェコで育ち、ラジオから西側の文化に触れていたというのは、YouTubeが国境を越えてコンテンツを広めていることと重ね合わせると興味深い。


本書には大きな成功を収めたユーチューバーが数多く紹介されている。

YouTubeを利用して誰でもが知る大スターになったジャスティンビーバー。

20182月時点で309000回の視聴回数を達成した江南スタイルのphy

自分の趣味であるキルトのやり方を解説し、キルトを地元の一大産業としたおばあちゃん。

そのほかにも、YouTubeがきっかけでナイキやノースフェイスから動画の製作を依頼されるようになったクリエイターがいたり、YouTubeLGBTQの当事者を励ましていたり報道のあり方を変えたりしていることが紹介されている。


この本を読むとYouTubeが単なるおふざけ動画のプラットホームでないことがわかる。

YouTubeのクリエ ータ ーたちはセレブというより起業家に近い 。初めは友人や家族の手を借り 、発展して大きくなると 、主に口コミと SNSによってその輪を広げていく 。やがてそれは収入を生む規模に到達し (主にYouTubeのパ ートナ ープログラムで 、立ち上げたばかりのビジネスにそれを再投資して 、視聴者の増大を目指す 。」

YouTubeでキャリアを築いたクリエ ータ ーたちのほとんどは 、その成功を獲得するまで 、何年も努力を続けている」


YouTubeは、我々に娯楽を与えるとともに、資本を持たない者が起業し、成功するためのインフラとなっている。

次の成功者はあなたかもしれないのだ。


解説は今をときめく落合陽一さんがされてます!

https://amzn.to/2Er00RY




日本企業の意思決定はなぜ遅いと言われるのか

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ペルーでは、ペルー、アルゼンチン、ブラジル、チリなどの日系人弁護士の皆様と交流する機会を設けていただき、今後も連携しましょうというお話になりました。頼もしい^-^

 

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私もその中で日本企業の意思決定が遅いのはなぜか、日本でも弁護士事務所は決定するよね、という問いかけに対して発言しました。

大会外でも、ペルーにある日本の某機関は、本国に問い合わせないとと言ってくるけどそれじゃあペルーに事務所がある意味ないやんというお話も聞きました。

弁護士については、意思決定者と実行者が明確に決まっているというのがあるとおもいます。

他方で、大企業ほどサラリーマン社長で責任取りたくなくて決められないんじゃないか、日本でも中小のオーナー社長やベンチャーは意思決定が速いですよと回答したのですが、その後ベンチャーで法務をしている先生に、実際どうなんでしょう?と聞いてみたところ、ベンチャー 階層化と権限移譲がうまくいっていないところは、意思決定が遅いという話でした。

権限移譲というのは、誰が意思決定をするのか決まっていないということもありますが、社長が全部決めたがるという場合も含むようです。

でも、それがなぜ日本に限って発生するのかについては謎。

組織論とか研究されていてすばやい意思決定ができる方法とか、コンサルがコンサルしたりしないんでしょうか?

国民性とか、文化などの抽象的な言葉でなく、具体的な原因について意見のある人いませんか?

 

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COPANIのホームページ

https://www.copanilima.com/

フェイスブックページもあるよ。

https://m.facebook.com/CopaniLima/

 

 

 

人生の勝算

showroom前田裕二さん&小田切あさぎさんのトークイベントへ。

8歳で両親を亡くし、11歳で自分でお金を稼ぎ始め、運命に負けたくないと、勉強頑張ったり(塾に行けないと勉強ができないというのが嫌だから)、留学経験なしで英語のディベート大会に優勝したり(帰国子女に負けたくないから)しながは、外資系金融に就職。日本、アメリカでトップの成績を残すも、知り合いの死を受けて日本で起業を目指す!というストーリーだけでもすざまじい!そんな前田さんの思考、思想、経験をたっぷり聞くことができました。
来てくれた人に付加価値をとサービス精神旺盛な前田さんも、話を引き出したあさぎさんもすごい!

中でも事実を抽象化したり具体化したり、キーワードにしたりする思考法がすごく勉強になりました。
例えば、ハロウィンの街が混んでいるというファクトがあったときに、これを抽象化します。抽象化は必ず3つすることに決めておきます。
1.人は見られる側にまわりたい欲求がある。
2. 1の欲求を妨げていたものを決壊させたのは、安くて手軽に仮装グッズを入手できるようにしたドンキホーテ
3. 普通の人もハロウィンの街なら仮装してもいいというエクスキューズがあるから参加できる。

1から、一般の人が演者になれるサービスを作る。3からそのサービスは、一般人から始める。(すごく綺麗な人とかから始めると参加しにくいので)
で、これを例えばハロウィン理論(キーワード)ってことにして説明する。

こういう思考を普段からしていると、人への説明がうまくできるようになるし、何より自分の思考が深まる上に、一つの体験を深めて他の事象に展開できるのでがっつりパクっていきたいと思います。
一つの体験を深めて他の事象にも展開は、最近のテーマで、今回のイベントでも色々と考えることがあったのでそのことについてはまた書きます。

昨日のイベントの詳細を知りたい人はシェアした平井さんのメモをご覧ください。すごく良くまとまってます!

www.facebook.com

前田さんのノート術は↓↓↓
https://www.houdoukyoku.jp/posts/22506

前田さんの本「人生の勝算」は↓↓↓
読むと頑張ろうと思えます。
http://amzn.to/2DSA5TD

ペルーの祭りが壮大すぎて笑うしかなかった話

今回のペルー訪問で一番度肝を抜かれたのがMATSURIでした。

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サッカー場、ベースボール場、体育館などが一体となったAELU運動場というところで、スタジオの真ん中にライブ会場のようなセットが組み立てられていて、日本のアニソンや演歌などのライブが行われていました。

で、COPANI参加国の代表がオリンピックの入場行進よろしく、国ごとに行進してメイン会場に入場。私も生まれて初めて代表行進させてもらいました。

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そして、ペルーにある各県人会の皆さんが入場し、さらには、各高校の皆さんが「わっしょい!」の掛け声とともに神輿を担いで登場!!

なんというか、あまりの壮大さに笑うしかありませんでした。お弁当とか日本酒まで出てきて、盛り上がりは最高潮へ。

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今年はペルー日系人協会100周年やCOPANIリマの開催とも重なったこともあり、さらに大きかったかもしれませんが、そうでなくても毎年かなりの人数が参加しているそうです。しかも、回を重ねた今では日系人でないペルー人の参加者の方が多いとか。今年は4000人が祭りに参加したようです。ドローンも飛んでいて。

日本でもこんなに大規模なお祭りってあまりないですよね。

ああ、私に文才があればあの笑うしかない感情を皆様にもお伝えできるのに、と残念でたまらないです。本当に、言葉なく笑うだけで、今年一番楽しかったー。

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https://m.facebook.com/events/314001562399759/?active_tab=discussion

COPANI2017について

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今年のCOPANIは、ペルー日系人協会(APJ)100周年と合わせて開催されたため、いつもより盛大に催されました。

内容は、講演、ワークショップ、MATSURIAPJ100周年記念パーティと盛りだくさん。

講演の最大の目玉は、アルベルトフジモリ元大統領の娘で前回大統領選に出馬し超僅差で惜敗したケイコフジモリさんの講演でしょうか。政治的にバトるような場所ではなかったので、和やかな雰囲気でした。料理上手で有名ということをはじめて知った笑。

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そのほかにも、アルベルト松本さんがファシリテーターを勤めたパネルディスカッションや、ペルーで行われたTED×Tukuyに出ていた方の講演など聞き応えのあるものが多かったです。

中でもホルヘ・ヤマモト氏の講演で、トランプもだけど、他のアメリカ大陸4人の大統領もそれぞれ違う国の移民なんだよー、と例を挙げていた点が日本との違いがすごくて印象に残りました。いずれ日本にも移民出身の首相とか、外国人で皇室に嫁ぐ人とかが現れたりするんでしょうか?可能性としてはあり得るけど、現状想像つかない。


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余談ですが、Ted×tukuyは、スペイン語勉強してる人の教材にいいかも^ - ^

http://www.tedxtukuy.com/#about-1


COPANIのホームページ

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フェイスブックページもあるよ。

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COPANI 2017 LIMA

11月にペルーへ行ってきました。

目的は、COPANI翻訳すると汎アメリカ日系人大会に参加するため。

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アメリカ大陸には、全世界の98パーセント、300万人の日系人が住んでいて(どこかに出てた情報だけど、ソース再発見できず)COPANIにはそのうち14カ国の代表が集まり、開催地は参加国の持ち回り。2年ごとの開催となっています。

今回の参加者は、なんと500人超とのことでした。

ね、面白そうだから、行ってみたい!ってなるでしょ^_^

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ちなみに日系人について海外日系人協会のホームページには、「日本から海外に本拠地を移し、永住の目的を持って生活されている日本人並びにその子孫の二世、三世、四世等で国籍、混血は問いませんが、そういう方々を海外日系人として定義しています。」とありました。

ペルーはアメリカ大陸でブラジルに次ぐ日系人コミュニティがあります。


1899年(明治32年)農業労働者の不足を補うため,日本人契約農園労働者の導入がペルーで開始され,790名の日本人がペルーに渡りました。更にその移民が親戚,縁者を呼び寄せるなどして,1941年までの間に総計約3万3000人の日本人がペルーに渡ったと言われています。

当初ペルーに渡った日本人移民が劣悪な環境の元働いていましたが、その中でも一部の人は言葉も慣れず,生活習慣も異なるペルーでこつこつ経済的,社会的基盤を築いてきました。第二次世界大戦中親米国だったペルーで日本語をつかえなかったり、財産を没収されたりもしたそうです。

そして、最初の移民から120年近くを経た今日,日系人はペルー社会の重要な一部となっています。


最近の若者は内向きで海外に行かないと言われていますが、性質とかそういうことと関係なく結局そういうのって必要性があるかないかとか、生活や社会環境などの要因が大きいのではないかと思いました。日本で生活できれば日本にいるし、新しい土地へ行く必要があるなら出て行かざるを得ないですから。

でも、今後世界がもっとフラットになったらあとは国外に行く行かないかはモチベーションの違いになるかもしれないし、もっと言うとどこにいるかは関係なくなるかもしれないですね。

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参考資料:ペルーを知るための66

http://amzn.to/2BCLu9l

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アルゼンチン映画「笑う故郷」

Ví una película que se llama ”El ciudadano ilustre"
三連休映画評論第二弾は、現在公開中のブラックユーモア満載なアルゼンチン映画!「笑う故郷」

主役がベネチア国際映画祭主演男優賞を受賞したのをはじめとして各国で高く評価されているのも頷ける作品だ。

映画はアルゼンチン出身バルセロナ在住の作家ダニエルがノーベル賞を受賞するところから始まる。受賞は、嬉しい反面、芸術家として権威にとって都合がいいと思われてしまったということであり苦々しく思うとスピーチするダニエル。
その受賞後、5年間作品をかけないでいた彼の元に故郷であり、作品のモチーフとなっていたアルゼンチンの田舎町サラスから招待状が届き、40年ぶりに彼は一人で故郷へ向かう。
そこでは、同郷というだけで都会にはない馴れ馴れしいくらいの距離感でダニエルに接し、ノーベル文学賞受賞という権威を崇める村人たちが待っていた。普段受けないような洗練されているとは言い難い歓迎に戸惑いながらも喜びを感じるダニエルだったが、日が経つにつれ、町は彼に対する嫉妬、羨望、そして故郷をアイロニカルにかつ批判的に描く彼への批判がどんどんとうずまいていき、ダニエルの周りではトラブルが多発し始め、どんどん火種は大きくなっていきついには・・・

作品全体がブラックユーモア満載なのだが、くすりと笑えるシーンが多く、ラストも面白かった。

田舎から都会に出て来て長い人は、地元の人となんだか話が合わない、と感じることがあるのではないだろうか。また、都会の出身の人も田舎へ行って文化の違いを感じることがあると思う。
サラスの町の人から見れば、ダニエルはキザで都会に住んでいることを匂わせながら、自分たちの生活を間接的に批判する鼻持ちならない、故郷を捨てたやつであり、ダニエルにとってサラスの町の人たちは進歩がなく、権威主義で芋くさく、両者は結局分かり合えない。

私は、本作を観たとき魯迅の「故郷」を思い出した。読んだことなのない人のために説明すると、
「故郷」は浙江省の田舎町から東北大学に留学し、その後杭州や北京などの大都会に住んだ魯迅が故郷に帰ったときに近所のなんとか小町と呼ばれていたおばさんは見る影もなくなっていて、一緒に遊んだ鳥をとるのが上手で主人公が知らないことをたくさん知っていたため輝いて見えた同い年の少年は、卑屈な大人になっていて、思っていたより故郷がいい場所でなかったことに気がつく話である。都会の文化を学んだことで、田舎の習慣に戻れなくなり故郷をなくした知識人の哀愁が描かれている。

故郷では、魯迅はだんだんと故郷の記憶が薄れていくと書いていたがそれでも、「故郷」と言う作品を書いた。
ダニエルも結局作品は故郷から出ることができず、故郷を乗り越えることのできない作家は故郷から逃れられなかった
結局誰も生まれ育った環境から完全に自由になることはできないのだ。

 

www.waraukokyo.com